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デザイナーの理想と現実

しっかりとした方向性を示さなければ求める理想など得られない
印刷会社や広告代理店などを通さず直接デザインを依頼する人の多くはデザインを知らない。
たとえデザインと縁がなくても、実現したい理想のカタチやデザインの方向性を決めずに依頼したり「わからない」で済ませず、真剣に依頼内容を検討すべきである。
それは印刷会社をはじめとする同業者であっても同様である。
家を建てたり車を購入する時、事前に雑誌やWebサイトで情報を仕入れ、しっかりと内容を確かめてから購入を決断しないだろうか?
趣味や日常生活ではできることを、なぜ仕事ではやらないのだろう?
依頼者が仕事に対してどのように向き合っているのか、それは依頼された状況や内容を見ればわかる。
真剣に物事を考えて言葉を伝えるということの大切さ
言葉や表現で伝える仕事をしていると、間違えた印象を与えないか常に慎重になる。
相手が何気なく発する言葉の中にさえ意味を感じ、相手が何を求めているのかを追求しながら理想のデザインに仕上げていくのがデザイナーの仕事である。
例えば「女性らしさがあり幼すぎず若々しいイメージで」と言われれば、20代後半から30代前半ぐらいの健康的で若すぎず明るいイメージで、など頭に描いたとしても、デザインの参考として手渡されたサンプルが男性的でシックなイメージであれば、相手が何を求めているのかわからなくなる。
たとえデザインを深く知らなくても、目的を明確にして物事をしっかりと考え、自分の意見を持って発言すれば決して起こらないことである。
依頼内容と方向性の違う資料が生んだデザインの理想と結果のギャップ
食やイベントを題材にした行政関連のパンフレットをデザインした際のことである。
先方は「行政の殻を打ち破るような女性目線の洒落たデザイン」と要望してきたが、打ち合わせで手渡された参考資料は、これまで役所が制作してきたお硬いデザインの冊子やチラシばかりで、要求する方向性とはまったく違った。
脱行政と言うからには、カフェ巡りのような市販されている洒落た雑誌を参考として手渡されると思っていたので、拍子抜けしたと同時に担当者が案件に対して真剣に考えることなく、上司から言われるままに丸投げしたのだと感じた。
実際のデザインでは、街巡りをテーマにした雑誌や書籍を数冊購入して数日かけて2案作成して提示したが、打ち合わせにもらった参考資料のようなデザイン案も欲しいと要望を受けたため、急遽追加で作成した。
結局最後に提出した行政案が採用され、脱行政を意識して作成した小洒落たデザイン案は不採用とされたが、本当に脱行政というテーマのデザインを真剣に求めていたのだろうか?
提出したデザインに対して担当者が納得しているのであれば、それが「脱行政」を感じさせるデザインなのだろうと作業を終えたが、一体なぜこのような結果になったのだろうか?
把握不足と理想を実現するための努力の欠如が招いた結果
役所内で新たにパンフレットを作成する案が持ち上がり、「脱行政」という方向性で意見がまとまったなら、まずはそれに伴う参考の資料を集めことになるだろう。
本来は近くの書店に足を運んだりWebサイトを閲覧するなど、理想となるデザインの資料を集めるのだろうが、恐らくこの担当者は言葉の意味を深く考えず資料集めもしなかったのだろう。
「餅屋は餅屋」で、依頼するデザイナーに任せておけば作ってくれるという気持ちがあったのか、発する言葉の重みを十分に理解できていないと感じた。
理想を実現するためには理想を探す努力が必要で、その努力を怠ると今回のように理想とはまったく違う結果をもたらす。
本当に良いデザインや理想のカタチを求めるのであれば、デザインに沿った内容の資料を探す必要があったが、残念ながらその努力は感じられなかった。
デザインに限らず、自分が仕事で関わる分野で「知らない」や「わからない」は一切理由にはならない。
仕事の依頼者でも「知らないから」ではなく、「知ろうとする」努力は絶対的に必要である。
例としてよく取り上げるのだが、せっかく注文住宅で建てる家の間取りや建具などすべてを工務店任せにはしないように、デザイナーは依頼者の理想や希望に沿ってお手伝いする存在であるため、依頼者も事前に情報収集をして、デザインに深く関わる必要がある。